変化の波に乗れるか? 30代後半、揺らぐアイデンティティ
2025.02.25
会社の公式な見解ではなく、代表の清水が個人として書いた記事です。

最近、世の中の変化があまりにも速すぎると感じませんか?
かつて当たり前だったことが否定されたり、新しい技術や価値観が一気に広まったり。1年前には想像もしなかったことが現実になっていることが増えています。コロナウイルスの影響もその一例です。
この急激な変化は、単に年齢を重ねたからそう感じるのか、それとも時代の流れが本当に速くなっているのか──その答えはまだわかりません。ただ、技術の進化に関しては、間違いなく加速しているのは確かです。
例えば、電気や電話が5,000万人に普及するまでには数十年かかりました。しかし、スマートフォンやSNSは数年、ポケモンGOは数日、ChatGPTはおそらく1~2日でそれを達成しました。
社会に新しい技術が浸透するスピードは、もはや指数関数的に速くなっているのです。
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変化のスピードについていけるか?
自分は比較的新しい技術やトレンドに興味を持ち続けてきました。
高校生の頃に秋葉原でハードディスクを買い、自作PCを作り、最近映画になった「Winny」をリアルタイムで使い、日本で最初のAndroidスマートフォンを購入したり──。
でも、そんな自分でも「最近の技術にはついていけないな」と感じることが増えてきました。
年齢のせいなのか、それとも環境の変化が速すぎるせいなのか。
以前は「自分の知識が最先端にある」と思えていました。
しかし、その感覚は完全になくなりました。それが、少し不安の要因になっているのかもしれません。
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情報をシャットアウトする習慣
こうした変化に圧倒されると、人は無意識のうちに情報の取捨選択をするようになります。
自分自身も、気づけば次の2つの方法で情報を遮断していました。
1. 似た情報だけを摂取する
SNSやYouTube、ブラウザのレコメンド機能によって、自分と似た価値観の情報だけを受け取るようになっていました。
心地よい情報に囲まれる一方で、新しい価値観に触れる機会が減っていたのです。
2. 意図的に情報を遮断する
テレビを見なくなったのが最初のステップでした。
実は2009年からテレビを持っていません(ディスプレイとしては使っていますが)。
しかし、それによって世の中の流れを知る機会も減っていました。
こうして、自分が心地よいと思う情報だけを受け取ることで、「世の中の変化についていけない現実」から目を逸らしていたのかもしれません。
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でも、それは"その場しのぎ"にすぎない
結局、本当に大事なのは情報の取得ではなく、「自分がどのように生きていきたいのか」だと思い始めました。
何が好きで、何に夢中になれるのか。
インプットではなく、アウトプット。
情報ではなく、行動が重要なのではないか──。
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尊敬する2人の先輩
このことを考えるとき、尊敬する2人の先輩のことを思い出します。
1人目:研究者として活躍しながら、毎日サーフィンをする先輩
東大大学院を卒業し、外資系企業を経て、現在は国内の有名メーカーで研究者として活躍している先輩。
その人が面白いのは、毎日欠かさずサーフィンをしていること。
誰のリアクションもほぼないのに、ずっと発信し続けているんです。
最初は「せっかく優秀なのに、もったいないな。もっとバリバリ仕事できそうなのに」と思っていました。
でも今では、好きなことを徹底して貫く姿勢に感銘を受けています。
恐怖を覚えるほど、素晴らしい生き方だと。
2人目:市長になった先輩
海外留学を経て、政府系銀行に就職。
その後、外資系コンサルや政策シンクタンクを経て、選挙で当選し、市長として活躍している先輩。
どちらも、すこぶる優秀な人たち。
そして、どちらも圧倒的に「自分らしい道」を突き進んでいる。
しかも、昔は同じ職場でバイトしていた仲間だった。
そんな2人の姿を見ていると、ふと
「自分だけが取り残されているのでは?」
という感覚が湧いてきます。
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30代後半という分岐点
30代後半は、おそらく「その人らしい人生」が確立されていくタイミングなのだろうと思います。
進学、就職、転職、家庭、住宅購入──人生の選択が次々と固まっていく時期。
もちろん、誰もが同じ道を歩むわけではありません。
自分は恵まれた環境だったので、それなりに「世間一般の道」をたどってきました。
でも、ふと気づいたのです。
「そこにオリジナリティはあったのか?」
そして同時に、
「オリジナリティとは、無理やり作るものなのか?」
とも。
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自分のアイデンティティとは?
最初の話に戻りますが、もしかすると自分のアイデンティティは
「新しいものを取り入れ、試してみること」
にあったのかもしれません。
それについていけなくなったと感じることで、自分の存在が揺らいでいるのかも。
これまで「上か下か」「早いか遅いか」といった軸で、自分の価値を測ってきました。
しかし、それが裏目に出たのかもしれません。
でも、サーフィンをし続ける先輩、市長になった先輩を見て思うのは、
「すごい・すごくない」という価値観ではなく、
**「自分がどう生きるか」**が大事 ということ。
隣の芝生は青く見えるかもしれません。
でも、結局はそれぞれの道を進むことが、一番大事なのかもしれません。
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