WayfinderWorXウェイファインダーワークス

ブログ/代表の考えごと

フリーランスになるまでの道のり(全5回連載)第2回:いすゞ自動車での成長と、アメリカ駐在で見えた未来の働き方

2025.05.13

会社の公式な見解ではなく、代表の清水が個人として書いた記事です。


初志貫徹、自動車業界へ

色々と悩みましたしうまくいかないことも多い就職活動でした。
東京近辺で働きたい、手に職つけたい、専攻や専門も意識したい。。。。
そして何よりも将来何になりたい。という気持ちがはっきりしていなかったと思います。
大学院卒業後、いくつかの企業から内定をいただきました。
NTTデータ、三井住友カードなども候補でしたが、最終的に選んだのは、ずっと夢見ていた自動車業界──いすゞ自動車への就職です。「やっぱりこの世界で働いてみたい」。そう思い、初心に立ち返るように決めました。

とはいえ、配属希望はちょっと意外かもしれません。第一希望は法務部、第二希望がシステム企画部、第三希望は営業職。理系出身なのに、設計などの技術職は選びませんでした。理由は単純で、エンジニアとして1つの製品を突き詰めていくよりも、複数の部署と連携しながら全体を動かしていく方が自分に合っていると感じたからです。

結果、配属されたのは第二希望のシステム企画部。ここで私は、製造ラインの指示を出す「製造指図システム(MES)」の開発・刷新に関わることになります。

工場の最前線で、現場を知る

製造システムの仕事は、想像以上に奥深いものでした。生産計画、在庫管理、工程管理など、すべてがシステムを通じて繋がっており、一つの指示の遅れが全体の生産に大きな影響を与える世界です。

仕事や社会におけるシステムの役割というものがおぼろげながら見えたのはこのときでした。それまではシステム=プログラミング。アプリやウェブサイトという程度でしたが、業務を支えるシステムと言う考え方を身につけることができました。

私は現場の方々と密に連携しながら、どんな仕組みが必要か、どうすればミスなく指示が伝わるかを考え続けました。現場の職人さんたちは本当に温かく、知識も豊富で、教わることばかり。ここで私は「現場を知ることの重要さ」と「人に助けられながら働く喜び」を学びました。

アメリカ駐在で出会った“未来の働き方”

数年後、希望していた海外駐在がアメリカロサンゼルス駐在という形で叶い、私は現地法人の基幹システム刷新プロジェクト(SAP導入)を担当します。規模も大きく、全体を統括する立場での仕事でした。

このとき出会ったのが、インド人のフリーランスコンサルタントです。彼はカリフォルニア大学MBAホルダー、元アクセンチュアの出身で、SAP導入のプロフェッショナル。契約ベースで参加し、颯爽と現場に入り込み、圧倒的なスピードと質で仕事を仕上げていきます。

その姿に、私は衝撃を受けました。「なんて自由で、誇りある働き方なんだろう」と。そして気づきました──会社員としての働き方しか知らなかった自分には、こんな選択肢があることすら見えていなかったことを。

彼のように働くには、専門性と実績が必要です。私自身、まだまだ準備ができていないことも実感しました。でも、心の中で火がついたのです。「いつか、自分もこんなふうに働いてみたい」と。

しかも、彼はその当時の現地法人で最も高い報酬を得ていました。
ただでさえ日本とアメリカの賃金差がある中でしたので驚くべき数字でした。その当時の日本での私の給料が、30歳で約600万円程度だったと思います。その彼はその当時日本円で3,000万円を超える報酬でした。5倍の給料です。


次回は、第3回「農業スタートアップへの転職。価値観の転換点」へ続きます。業界を変え、環境を変えてもなお、自分の中で変わらなかった“ある思い”についてお話しします。


この記事は note にも掲載しています:note で読む